日本の民間医療保険の「黒字」に関する考察

民間医療保険、過去最高の黒字1兆5千億円(か?)
というTweetsがTwitterのTL(Time Line)上を駆け巡りました。
ライフネット生命保険株式会社(以下「ライフネット」)副社長の岩瀬大輔さんの次のTweetsがその発信源になっています。


http://twitter.com/totodaisuke/status/11801665099

「健保組合、過去最悪の赤字6605億円」と合わせて流して欲しいニュース「民間医療保険、過去最高の黒字1兆5千億円(か?)」 公表データは「第三分野の保険料収入4.7兆円、入院・手術給付金0.7兆円」しかない。社会保障を考える際に、公的保険と民間保険を統合的に見る視座が欠落している

http://twitter.com/totodaisuke/status/11801733921

see this page for statistics http://bit.ly/d0BG7n

http://twitter.com/totodaisuke/status/11801998369

医療保険の利益がいくらかは非公開なので、3割と仮定した。利益を上げることは悪いことではないが、公的な役割を担う医療保険においては何らかのガイドラインが必要かと。米国では、保険者の利益額を適正化すべく minimum loss ratio が定められていますよね?確か。

また、ここの「3割」の根拠ですが
http://twitter.com/totodaisuke/status/11817785026

業界関係者へのヒアリングに基づく推計値です。二割かも知れませんが、一割ではなさそう。なんせ、データが非開示

だそうです。


以下、日本の民間生命保険会社の医療保険の「黒字」について考察してみたいと思います。


結論から先に申し上げると、
生命保険業界(かんぽ生命を除く)の医療保険の「黒字」は6千億円と上記の数字の4割程度と「推定」されます。


以下の分析で日本における第三分野の「大手」であるアフラックアメリカンファミリー生命保険会社)の例を出しますが、私は
アフラック社ともライフネット社とも利害関係にはない
ことを念のために申し添えておきます。
また、私は生保会計の専門家ではないので、以下の理解が違っている点があるかも知れませんので、それについては、ご指摘くだされば幸いです。

1.「第三分野の保険料収入4.7兆円」

これは、生命保険協会の年次統計の
http://www.seiho.or.jp/data/statistics/annual/index.html
平成20(2008)年度(以下とくに断りのない限りすべて2008年度の数値を使用)
「年換算保険料の状況」
http://www.seiho.or.jp/data/statistics/annual/xls/2008kessan/2008nenkansan.xls
大和生命、かんぽ生命を除く44社計の
4,680,319百万円(4.7兆円)
からだと思います。*1

2.「入院・手術給付金0.7兆円」

これのデータソースを探すことができませんでした。
「保険金・年金・給付金明細表」
http://www.seiho.or.jp/data/statistics/annual/xls/2008kessan/2008hokenkinmeisai.xlsの44社計では、
入院:627,359百万円
手術:292,426百万円
で合計すると
919,785百万円(0.9兆円)
です。それでも4.7兆円に比べて小さく見えますが、その他の給付金や一時金等の中に第三分野からの給付が含まれている可能性は皆無ではありません。

3.アフラックの年換算保険料

アフラックについても年換算保険料をみます。
同社のディスクローズ資料
http://www.aflac.co.jp/corp/report/disclosure/pdf/2009/p07_24.pdf
のp11にあるように
保有契約の年換算保険料は
1,125,416百万円で
そのうち992,652百万円(88.2%)が第三分野です。

つまり、同社の保険のほとんどが第三分野なので、同社の収益性が日本の第三分野の収益性の1つのメルクマールになると考えられます。
また、同社の第三分野の年換算保険料が生命保険業界全体の約2割(19.7%)を占めていることにも注意しましょう。

4.アフラックの「基礎利益」

次にアフラックの、「基礎的な期間収益の状況を表す指標である」「基礎利益」をみます。
http://www.aflac.co.jp/corp/report/disclosure/pdf/2009/p07_24.pdf
のp18によると
147,728百万円となっています。(その91.6%の135,271百万円が危険差損益)
年換算保険料(1,125,416百万円)に対する割合は、約13.1%です。
(なお、同じページによると
保険料収入等は1,162,628百万円でこれに対する割合は、約12.7%です。)

5.第三分野の基礎利益の推定

これを基に第三分野の基礎利益の推定を行います。
アフラックの基礎利益÷アフラックの年換算保険料×第三分野の年換算保険料
=147,728百万円÷1,125,416百万円×4,680,319百万円
=614,363百万円

つまり6,000億円程度推計されます。

6.損害率に関する考察

最後に、

米国では、保険者の利益額を適正化すべく minimum loss ratio が定められていますよね?確か。

というのがあったので「loss ratio」つまり「損害率」についてかんがえてみます。


損害率とは保険金÷保険料のことです。保険金が通常の事業の「原価」とも言え、1−損害率が通常の事業の「粗利益率」という比喩もないわけではないと考えます。


「minimum loss ratio」で検索すると
http://www.familiesusa.org/assets/pdfs/medical-loss-ratio.pdf
というのがヒットしました。
これによると、米国の健康保険では、損害率(保険金÷保険料)の下限が定められている模様です。
具体的にはこのファイルのp3に表があり、個人市場(Individual Market)だと
55%〜80%の範囲となっています。


「損害率」とは損保での管理指標であり、生保では通常「損害率」による管理は行っていないのですが、それを第三分野保険に当てはめるとどうなるでしょうか

アフラック損益計算書をみてみましょう。
http://www.aflac.co.jp/corp/report/disclosure/pdf/2009/p90_105.pdf
のp91によると、
保険料等収入が1,161,681百万円で保険金等支払金が564,562百万円なので
単純に前者を後者で割ると48.6%となります。


となると、「粗利益率5割」と言いたくなるかも知れませんが、ここで考慮すべき事項があります。
それは、「責任準備金」と「支払備金」の存在です。


保険会社が収受する保険料には将来の保険事故発生のための支払に備えるための金額が含まれており、そのような金額は「責任準備金」として貸借対照表の負債の部に計上されます。
また、既に発生した(と考えられる)事故に対する保険金(給付金)支払見込額については「支払備金」という形でやはり貸借対照表の負債の部に計上されます。


損保の収益管理で「損害率」を考える場合は、上記のような単純に、保険金÷保険料(これを「リトン損害率」といいますが、)を用いることはまずなく、「責任準備金」と「支払備金」を調整した


(保険金+支払備金繰入額)
÷(保険料+再保険収入−再保険料−解約返戻金−その他返戻金−責任準備金*2繰入額)

で計算される「アーンド損害率」を通常使用します。


生保と損保の違いではこれでは目をつぶることにして、「アーンド損害率」を計算すると、
アーンド損害率
=(62,494+3,356+336,881+1,956)
÷(1,162,628−1,568−157,585-2,677−375,306)
64.7%
となります。

3割が事業費を含まない「粗利益率」だとすればそれは当たっていない話ではないとも考えられます。また、米国の健康保険制度とは単純に比較できないのですが、上記の各「minimum loss ratio」の値とそれほど遜色ないものではないかとも考えられます。

<備考>ライフネットの「アーンド損害率」

参考までに、ライフネットについても同じ値を計算してみましょう。ライフネットの場合は2008年度の計数が小さいため、2009年度第3四半期(2009年4月〜12月)の計数を使用することにします。

http://www.lifenet-seimei.co.jp/shared/pdf/LIFENET_disclosure_2009Q3.pdf
のp9により、
アーンド損害率
=(20+8+34)
÷(367−0−117)
=24.8%

*1:かんぽ生命を加えた45社計では、4,729,308百万円

*2:正確には未経過保険料ですが