生保営業職員「離職率」の数理的考察

今日は生保営業職員の「離職率」に関して(生保)数理の観点から考察してみたいと思います。
アクチュアリー受験者の皆様には生保数理の学習にも資するのではないかと考えます。


きっかけは、
「ワーク・ライフ・エンジョイ」
というブログの
「(書評)生命保険のカラクリ/岩瀬大輔
http://8book.biz/?eid=86
というエントリーにあった

以下、本書のメモ。
(中略)
○誰も理解できないような複雑な商品を50%という異常な離職率にある営業職員に厳しいノルマを課して押し込ませていた。

(太字引用者)
です。


この記述ですが、ライフネット生命副社長の岩瀬大輔さんの「生命保険のカラクリ」(isbn:4166607235)で62ページにありました。ところが、その離職率をどうやって算出したのかは、当該書籍では検索できませんでした。


最近になってこのことがTwitter
http://twitter.com/s_iwk/status/12251377901

生命保険文化センターのホームページ見たけどなさそうですね。RT @actuary_math: @mushiman2 @s_iwk @shelly1129 話は変わりますが、「生命保険の営業職員の離職率50%」って本当ですか?ある本の62ページに書かれています

で話題になったので、岩瀬さんが
http://twitter.com/totodaisuke/status/12255897656

@s_iwk  http://bit.ly/9eptGc 少し古いデータしかないのですが、前年度末登録人数 329,779人 当年度業務廃止 145,355人(44%) これ以降、公表はやめたみたいですが、改善したと推測する根拠もないので、「5割が離職」と書きました。

と、そのデータソースを明かして下さいました。


http://bit.ly/9eptGc
をご覧になっていただけると分かりますが、1999(平成11)年〜2000(平成12)年にかけてのデータで今から10年も前の話になります。


・これまでソースを明かさないこと*1と岩瀬さんが常々問題にされている(生命保険会社の)「情報の非対称性」*2との関係
・44%を「切り上げ」で5割としていること
・そもそも10年前のデータを使っている(財団法人生命保険文化センターのホームページでも2002年までのデータがあるのに、言及したのは2000年だけ)
・「改善したと推測する根拠もない」としながらが、「そのままでよい」とする根拠も示していないこと*3
・そもそも「営業職員」は、その名前からくるイメージには異なり「個人事業主*4であるため、従業員の離職率と同列に論じられないこと


等検討すべき課題はいくつかあると思いますが、ここではそれらはおいておくことにして、純粋に数理的な観点からのみ考察したいと思います。


http://bit.ly/9eptGc
によると1999年〜2000年にかけて

平成11年度末営業職員数:329,779人
登録営業職員数:129,751人
廃止営業職員数:145,355人
他増減営業職員数:▲1,167人
職員純増加数:▲16,771人
平成12年度末営業職員数:313,008人(=329,779+129,751−145,355−1,167)
(その他増減営業職員数とは、職種区分変更等による増減数)

(「2001年版 生命保険ファクトブック」45ページ上段)
となっています。


岩瀬さんの計算では、
145,355÷329,779=44.1%
としているわけですが、生保数理を学習された(ている)方であれば違和感を感じるかも知れません。
なぜなら
分母を前年度末の営業職員数としており、「登録営業職員数」の129,751人が考慮されていないからです。
「廃止営業職員数」には、登録営業職員が1年もたたないうちにやめた場合も算入されていると考えるのが自然ですが、もしそうだとすると、割られる数(145,355)と割る数(329,779)の間にアンバランスが生じていることになります。
死亡率の計算でいうと、生まれたばかりの赤ちゃんの死亡を考えずに死亡率を算出しているのと同じことになります。


以下、「平成11年度末営業職員」も「登録営業職員」も同様の割合で「(登録)廃止」するものとします。また、営業職員の登録や廃止が年間で一様におこると考えます。
(2010/4/17 21:10注
SCENES OF TOWNのshellyさんより「他の会社はわかりませんが、登録してから1年以内の離職率がもっとも高いと思います。3年目に入ると思ったほど離職率は高くありません。ですから、単純な割り算では測れない業界だと思います。」というTWEETをいただきました。ここでは、新人とベテランの離職率を同じと仮定して議論を進めていきます。)


生保数理でしばしば用いられる近似の考え方は、「登録営業職員」が年度の中央に(新規)登録したとして(年央近似)、2分の1倍して算入する方法です。
つまり、分母を329,779ではなく、329,779+129,751/2=394,654.5人として、
145,355÷394,654.5=36.8%
とするものです。


もっともこれでは、廃止自体が年間で一様に起こることや「その他増減」については考えていないので、よりよい方法は、
q=\frac{2D}{A+B+D}
(ここで、q:「離職率」、A:年末始の登録者数、B:年度末の登録者数、D:廃止者数)
とするものです。(二見隆氏「生命保険数学(上巻)」p97(3.3.3)式に準じて作成)


これに当てはめると
\frac{2*145,355}{329,779+313,008+145,355}=36.7%
となります。


いずれにせよ、「離職率」は
37%、3分の1強、せいぜい4割
となり(その率の高低はここではおいておくとしても)、「50%、5割」とは与える印象が大分違うのではないかと考えます。


アクチュアリーを目指す皆様におかれましては、
結論の数字だけを鵜呑みにすることなく、そのデータソースや計算方法も追究される姿勢
をもたれることを希望するものです。

*1:書籍を読まれた方はまさか10年前のデータに基づくものとは夢にも思わなかったでしょう

*2:私も問題だと思っていますが

*3:ちなみに http://taa203.blog86.fc2.com/blog-entry-428.html によると、2009年6月19日付日本経済新聞朝刊で「08年度末、大手生保9社の合計で前年度末比2.1パーセント増の21万887人。」と「18年振りに増加に転じた」ことが報じられたそうです。

*4:という記述を「生命保険のカラクリ」で検索することができませんでした。