アクチュアリーと経済学部と数学科

Twitterで以下のご質問を受けました。


高校3年生でアクチュアリーに興味を持たれているのは嬉しい限りです*1
結論を先にいうと有利さという点では「どちらでもよい」(もっというとこれら以外の学部・学科でもよい)と思うのですが、以下更に説明をしてみたいと思います。


(1)今のアクチュアリー特に年齢の上の人ほど数学科の割合が多いのは確かだと思います(詳細なデータをとったわけではないのであくまでも感覚的な話ですが)。
それは、(しばしば誤解されているのですが)アクチュアリー試験が数学科出身でないと解けないほど難しい問題が出るとかそういうことではなくて、昔の数学科の就職先の種類が少なく、アクチュアリーを抱える会社(保険会社、信託銀行等)が有力な就職先であったからに過ぎません。


(2)現在の日本のアクチュアリー試験で必要とされる数学力のベースは、大学教養過程の2年くらいまでの微積分・線型代数(高校で習うベクトルや行列の発展科目)であり、例えば数学科の3年以上で習う(ルベーグ積分論等は必要とされません。


(3)上記の数学力のベースは数学科でないと学べないものではなく、理系だと普通必修だし、文系の方でもその気になれば履修可能だと思います。もちろん大学のカリキュラムを取らなくても自習可能です。
今は、数学科の就職先も広がりを見せており、また、アクチュアリーのバックグラウンドも数学科以外にも拡大していると思います。
まだまだ理系が多いのは否定しえない事実だと思います(これも統計がないのであくまでも感覚的な話)が、文系学部出身の方でも十分合格可能で、その実例もあります
例えば
http://d.hatena.ne.jp/actuary_math/20100217
(とそこからのリンク)
をご参照ください。


(4)上記のことは、あくまでも試験の話であって、ルベーグ積分論がアクチュアリーに全く必要とされないということとは違います
http://d.hatena.ne.jp/actuary_math/20100327
とそこで引用している
http://iwk.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-dc90.html
のコメント欄
をご参照ください。


(5)ただ、残念なことに(アクチュアリー)採用の際に文系だと受け入れられにくい場合があることは否定しません。ただし入ってしまえば無関係です。
http://d.hatena.ne.jp/actuary_math/20100129
をご参照ください。


(6)以上を見れば数学科がいいようにも思われますが、ここで数学科で習う数学は高校までの数学やアクチュアリー試験で必要とされる数学とは、違うことには注意が必要だと思います。
例えば、方程式x^2=2の解のうち正の方を\sqrt{2}と書くのですが、そのような「方程式の解」が本当に存在するかどうかということから(実数や関数の連続性から初めて)論じるのが数学科の数学です。
「数って何だろう?」とか「連続って何だろう?」とか、そういうことを考えたり人(教員、先輩、同期)と議論したりすることが嫌いとかいうことであれば、数学科(院)の数年間は大変なものになると思います。
(より詳しくは
http://d.hatena.ne.jp/actuary_math/20100123#c1264422128
以下のコメント−とっても長いですが…−をお読みください)
高校までの数学であれば、\sqrt{2}の近似値を具体的に導出する方に重きを置かれるし、アクチュアリー試験で求められる数学もそのようなものです。(ご存知だと思いますが、アクチュアリー試験の1次試験はマーク式なので答えを導出される過程は問われません。だからこそ、このブログで「研究」されているような手法の余地があるのですが…)
このように数学科の数学とアクチュアリー試験の数学に違いがあることから、数学科でも一部の大学の一部の先生を除いて別段アクチュアリー試験に受かりやすい講義が行われるわけではないと思います。


(7)
http://d.hatena.ne.jp/actuary_math/20100327
でも書いたように
数学的な知識そのものより以外に、数学で身に付けた「考え方」*2を使う機会が少なくないのは確かなのですが、それは別に数学でないと身に付かなかったものではないとも考えます。
 また、ルベーグ積分論が「身につけておいて損はありません。」(上記のブログのいわきさんのコメント)のは確かですが、経済や会計の知識(法律等もですが)も「身につけておいて損はありません。」


(8)以上をまとめると

(a)試験に必要な範囲の数学力は数学科でないと身に付かないものではなく、文系学部でも可能。実際文系でも合格事例は存在する。
(b)理系でないと受け入れられにくいケースもないわけではないが入ってしまえば無関係
(c)数学科だと勉強しやすい知識(ルベーグ積分論等)で試験とは関係なくアクチュアリーとして損のない知識があるのは事実だが、経済学部等で勉強しやすい知識(経済・会計等)でアクチュアリーとして損のない知識があるのも事実

となると思います。
このことから
「本当は経済に興味があるんだけど、アクチュアリー試験に有利そうだから数学科」
という選択はお奨めしません。

大学時代は、(少なくとも会社員よりは)まとまった時間がとれるのは間違いないと思われるので、自分の興味のあるものを勉強すればよいと思います。
もちろん数学にご興味*3があって、かつ上記のように高校までの数学と数学科での数学との違いをご理解された上で、数学科に興味をもたれ進まれるのであればそれは素晴らしい選択だと思います。

以上

*1:私などは大学4年生まで「アクチュアリー」という単語を知りませんでした。

*2:例えば埼玉大学教授 小池茂昭先生のサイト http://www.rimath.saitama-u.ac.jp/lab.jp/skoike/maji.html をご参照

*3:アクチュアリーを目指されるのであればご興味があるのでしょうが