「例題で学ぶ損害保険数理」から

例題で学ぶ損害保険数理
http://www.amazon.co.jp/%E4%BE%8B%E9%A1%8C%E3%81%A7%E5%AD%A6%E3%81%B6%E6%90%8D%E5%AE%B3%E4%BF%9D%E9%99%BA%E6%95%B0%E7%90%86-%E5%B0%8F%E6%9A%AE-%E9%9B%85%E4%B8%80/sim/4320017358/1?ie=UTF8&pf=book
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actuary_math@yahoo.co.jp
で、ご質問を受けたので、ご質問をいただいた方のお許しを得て、ご質問の内容と回答を掲載したいと思います。

ご質問の対象となった問題は同書の例題60(p123〜)で
「ルンドベリ・モデルにおいて、時刻tまでのクレーム額の累計と保険料収入累計との差額の最大値(最大損失額)をLとする。L= \max \{ S(t)-ct|t>0 \}
このときL積率母関数を計算せよ」
という問題です。

まず、ルンドベリ(Lundberg)・モデルについて簡単にまとめておきます。
「初期のサープラス(剰余)がu_0
クレーム発生件数はパラメーター\lambdaポアソン(Poisson)過程とする。つまり、時刻tまでの事故発生件数N_tは、平均\lambda tポアソン分布に従う。
クレーム総額S(t)は、
S(t)=\sum_{n=1}^{N_t}{X_n}
とかけ、クレーム1件毎の損害額X_nは独立で同分布であり、その平均を\muとする。
c=(1+\theta ) \cdot \lambda \muは、単位時間あたりの保険料であり、\theta > 0は安全割増率である。
これらの仮定の下で、サープラス(剰余){\mu}_tは、
 \mu_t=u_0 + ct - S(t)
とかける。」
というものです。

この仮定の下で、初期サープラスが0の場合に、
0 < t < \inftyのどこかで)破産(サープラスがマイナスになる)確率が、
\frac{1}{1+ \theta}
とかけることが分かっています。(同書例題58(p122))
(以下この確率をpとおきます。)

ご質問者の疑問は、
「損保数理なのですが初期サープラス0で、Lを時刻tまでのサープラスの最大損失額とすると、
L=L_1+L_2+\cdots + L_nと表現でき(nは時間tまでの破産回数)一回あたりの破産確率を\frac{1}{1+ \theta}とするとP(N=n)= (1-\frac{1}{1+ \theta}) \cdot (\frac{1}{1+ \theta})^nとあらわせるようなのですがなぜ幾何分布なのかわかりますでしょうか?幾何分布だと(n+1)回目に破産しないことになる理由がわかりません。

というものでした。

このご質問に答えるにあたり、問題文を若干補足したほうがよいと思われます。
「ルンドベリ・モデルにおいて、時刻tまでのクレーム額の累計と保険料収入累計との差額を{\Lambda}_t=S(t)-ctとおくとき、その最大値(最大損失額)をLとする。
つまり、L= \max \{ \Lambda_t|t>0 \}
このときL積率母関数を計算せよ」
また、この問題の解答では、積率母関数の変数としてtを用いていますが、積率母関数の変数は時刻である必然性はないので、別の変数を用いたほうが適当と考えます。

以上を踏まえ、ご質問には、概ね以下のとおり回答いたしました。

(1)この問題では、破産するかどうかを問題にしているのではなく、初期サープラスから減少する額の最大値の分布だけを考えています。(そのため答えの式には初期サープラスuが出てこない)したがって、マイナスから更に大きなマイナスに赤字が膨らむような確率も考えています。
(2)「赤字更新L_{i}」とありますが、これは事故の発生により前の「赤字更新」L_{i-1}が起こった時点(ただしi=1のときは時刻0)でのサープラスを(そこから無限の後までの時刻のどこかで)下回る事象を考えています。
そのため、例題58の「初期サープラスが0のときの破産(=サープラスが0を下回る)確率」
p=\frac{1}{1+\theta}に置き換えることができそのます。
(3)問題とされている確率ですが、「赤字更新」をn-1回連続させて発生させ、それ以降永久に「赤字更新」にならない確率を考えています。そのため、赤字更新の回数を表す確率変数をNとすると、
N=nとなる確率は、「赤字更新」の確率p(n-1)回かけ、その後でその余事象の確率1-pをかけた幾何分布になります。

それを受けて更に
「その後でその余事象の確率1-pをかけた幾何分布になります
という所なのですがなぜ一度だけしか黒字更新とならないのでしょうか?複数回ではだめなのでしょうか?また、この黒字更新はtまでの間におこるものなのでしょうか?」
という旨の質問を受けました。

これに対する答えは以下のようになります。
(4)「黒字更新」という言葉はありません。(本の解答にも出ていません。)
「赤字更新」とは前の赤字更新(赤字更新がない場合は時刻0)が起こってから、さらに赤字の幅が拡大する事象を指しています。(本の解答ではこの部分の記述があいまいですが・・・)
またこの問題は、ある決まった時刻tにおける損失額を考えているわけではなく、無限の時間まで考えた損害額を考えていることになります。
したがって「赤字更新」の余事象は、
前の赤字更新(赤字更新がない場合は時刻0)が起こってから、それ以上赤字の幅が永久に拡大しない事象を指し複数回ではないし、無限の時間まで考える必要がある事象です。

以上を説明した図をつくってみました。
http://f.hatena.ne.jp/actuary_math/20080630191450

繰り返しになりますが、ある時刻tを固定してtまでの損失額などを考えている訳ではないということになります。
したがって、
Lを時刻tまでのサープラスの最大損失額とする
とあるのは、
Lを時刻\inftyまでのサープラスの最大損失額とする
とすべきだし、
nは(時間tまでの)破産回数
とあるのは、
nは(時刻\inftyまでの)赤字更新(前の赤字よりさらに赤字が拡大する)回数
とすべきでしょう。

積率母関数の変数を時刻と同じtとしてしまったことがご質問者をミスリードした一因だと考えます。