「マークシートの罪」とその周辺に関する論考(1)

1か月ぶりの投稿になってしまい申し訳ありません。


アクチュアリー試験のための年金数理人会試験解説」
http://d.hatena.ne.jp/actuary_math/20090225
シリーズの途中ですが、「マークシートの罪」という一文その他に関して考えたことを2〜3回の予定で掲載していたいと思います。


少し前になりますが、文藝春秋2009年2月特別号に桜美林大学教授の芳沢光雄先生が「マークシートの罪」という一文を載せられました。
http://www.bunshun.co.jp/mag/bungeishunju/bungeishunju0902.htm


この文章の全文を掲載するわけにはいきませんが、おおよそ次のようなことが書かれていました。(細かいニュアンスはあっていないかもしれないのでご了解ください。)

ノーベル物理学賞を受賞された益川敏英先生が「マークシート試験は改めるべし」と主張しているが筆者(芳沢先生)もそれに賛成。マークシート試験は大量の受験者を選別するのに有効だが、論述力を育まない。
○「出題者心理から見た入試数学」(isbn:4062576171)でいろいろ挙げたが、マークシート式独特の解法が成立しうる。
例えば、
xy=1のとき、(x+y)^2-(x-y)^2の値を求めるという問題の場合、本来のやり方は、
(x+y)^2-(x-y)^2=(x^2+2xy+y^2)-(x^2-2xy+y^2)=4xy=4
だが、マークシート式の場合は、x=y=1を代入して導出が可能。
その他、√の中身は3が多いなど、数値の統計的な出現傾向に注目する方法もある。
○2000年代に入って、一般論で展開すべきところ、上記のような具体的な数値を次々と当てはめる奇妙な答案が目立つようになった。その他小学校の算数でも「=、+、−、×、÷」などを省略して計算する教員も出てきている。
○プロセスを軽視して、「答えさえ出ればよい」という風潮が強すぎないか。また「手段を問わず金もうけさえすればよい」という考え方もマークシート式思考と無関係ではないと思う。


芳沢先生が教鞭をとられている桜美林大学の数学の問題でもマークシートが課されている状況
http://www.kakomon.jp/univ/data/pdf/shidai/obirin/2008/09_oubirin_1_m.pdf
を芳沢先生は忸怩たる思いで眺められてることでしょう。


それはともかく、アクチュアリー試験に関しては次のようなことがいえると考えます。

(1)アクチュアリー試験の一次試験は既にマークシート式になっており(それ以前から客観式の問題が6割を占めていた)、それは恐らくもとに戻ることはないと考えられるので、そのような変化に対応せざるを得ないことは言うまでもありません。

(2)私としては、マークシート試験の問題点(「罪」とまではいえない)は、部分点がないことだと思います。つまり考え方はあっているのに、わずかな計算間違いで0点になってしまうというリスクです。今までそのような計算間違いを防ぐことに力を注いできたつもりです。

(3)前に
「2008年度アクチュアリー試験から」
http://d.hatena.ne.jp/actuary_math/20090106
というシリーズをやりましたが、ここで(芳沢先生が)問題とされている「例の解法」が使えるのは全体の1〜2割程度です。
大学入試については確かめていませんが、おそらく同様ではないかと思います。
つまり、
基礎のない人がこのような方法「だけ」に頼っても合格できることはない
のです。
不合格I(合格最低点からの乖離が10点以下)かII(合格最低点からの乖離が20点以下)くらいの方であればこれらを生かして何とか合格することが可能かも知れませんが、それ以下の方ではこれらの方法を使っても、(もちろん使わなくても)合格は難しいでしょう。

有名なアクチュアリーの一人である坂本嘉輝さんが社長を勤められているアカラックスでもアクチュアリー受験講座を行われていますが、
http://www.acalax.jp/hp/actuary.htm
でも
「40点取れる受験生が65点取れるようにするということで、何も知らない受験生を教育して試験合格まで面倒をみるということはしません。」
と述べられています。
これは私自身の反省すべきところですが、ブログでは(読者の皆さんが基礎的な力を持っていることを前提として)「効率的な解法」を中心に説明したところですが、その前提条件を必ずしも明確に伝えていなかったと思います。

基礎的な事項については、
http://actuary.upthx.net/
で纏めているものであり、今後、さらに充実を図る予定です。

また、今やっている
アクチュアリー試験のための年金数理人会試験解説」
http://d.hatena.ne.jp/actuary_math/20090225
シリーズでは、全問通しでやるので「例の解法」以外の普通に解く問題も説明していきたいと思います。


次回は、この一文で引用されている先生のご本
「出題者心理から見た入試数学」(isbn:4062576171
について考えます。


(補記)
以下、アクチュアリー試験とは直接関係ないことなので「補記」とします。


(4)
マークシートは・・・論述力を育まない。」というところですが、
実は、
数学の論述式試験は考えた過程をそのまま述べるものとは限らない
のです。

論述で通用しないように見える考え方でもちょっとした工夫で論述式試験の答案に変えることが可能になることがあります。

例えば、
http://d.hatena.ne.jp/actuary_math/20081202
では、
「当然計算の一番楽な\lambda=1を選ぶべきです」
とやっています。
これでは論述には使えないですが、

X'=X/\lambda,Y'=X/\lambdaとおくと、
X',Y'は独立に平均1の指数分布に従い、かつ、
X'+Y'の歪度、尖度は、X+Yのそれらに等しいことが確かめられる。*1
このことから\lambda=1とおいても一般性を失わない。

と前置きを入れれば論述式答案に早変わりです。

(5)
(以下、一定のご経験のある方にとっては釈迦に説法なのですが)
アクチュアリーの実務で求められる論述は、数学の論述式試験の論述ともアクチュアリー試験2次試験の論述とも違うことが少なくない
のです。
ごく簡単にいえば、数学の論述やアクチュアリー試験2次試験の論述は、数学なり保険数理なりを分かっている相手に対する論述です。
しかし、
実務においては、数学や保険数理をほとんど解さない人を相手に説明しないといけない
ことがよくあります。このような人々にいくら数学的に厳密であっても難解な理論を解いても相手に通じません。
上記で批判の対象になっている「具体的な数値を当てはめ」ただけの説明のほうがむしろ通じることもあります。
(これは、自省と自戒を込めてなのですが・・・)
アクチュアリーは、数学・保険数理の分かる人向けの説明をしがちなので要注意です。

*1:実際の答案では、これらについては、簡単な証明を書く必要があるでしょう。