「マークシートの罪」とその周辺に関する論考(2)

前々回
http://d.hatena.ne.jp/actuary_math/20090331
に予告したとおり、
桜美林大学教授芳沢光雄先生の
「出題者心理から見た入試数学」(isbn:4062576171
について考えます。


前々回の引用した文藝春秋2009年2月特別号の芳沢先生の投稿「マークシートの罪」に、
マークシート特有の解法をいろいろと書いてある」
とあったので、どのようなことが書かれているのかを確かめてみました。(この本では入試数学全体を取り上げていますが、マークシートに関して記述して他第2章以外はほとんど読んでいませんのであしからずご了解ください。)


この本で「マークシート特有の解法」として挙げられているものは、概ね以下4種類に分類されます。
(1)変数の値によって答えが変わらないことを利用し、変数に特定の値を代入しての答えの導出
(たとえば、前回
http://d.hatena.ne.jp/actuary_math/20090331
述べた(x+y)^2-(x-y)^2x=y=1を代入するもの)
(2)変数を含んだ式が示されている選択肢に対し、特定の値(0や1など)を代入して選択肢の絞り込み
(3)学習指導要領の制約の利用
例えば、数学IIにおいては、被積分関数の次数は2以下ということを利用。
(4)統計的な性質の利用
ベンフォードの法則(最高位が1である確率が高い)、√の中身は3が多い(これは上記「マークシートの罪」で芳沢先生が述べられていますが)など


これらの方法についてアクチュアリー試験との関係について考えてみます。


(1)、(2)については、本ブログでも何度か取り上げてきたところでありますが、本ブログでは、「アクチュアリー試験受験の知恵」シリーズなどで他にもいくつかの方法をご紹介しています。
(3)については、アクチュアリー試験では当然学習指導要領など意識していないので当てはまりません。
(4)の統計的な性質の利用については、これまでブログではまったく取り上げていませんでしたし、今後も取り上げるつもりはありません。
本ブログで取り上げている方法は(多少推定を含むものもありますが)基本的には
演繹的に「答え(の候補)を一つまたは少数に絞りこむ」
ものとなっています。
「(統計的に)この答えが出やすい」という分析をするのであれば、
「この問題が出やすい」という分析のほうが遥かに有益
だと考えています。


最後に、この本で取り上げている、「ベンフォードの法則」が、
(本の意図とは)違った形アクチュアリー試験のちょうどいい題材となりうる
ので、それを以下考えてみましょう。


ベンフォードの法則(Benford's Law)とは、
「数字のリスト(統計表、数表など)の先頭桁の数値(1〜9)の出現する確率が
\log_{10} \left( 1+\frac{1}{d} \right) (1 \le d \le 9)
にしたがう」
というものです。


具体的に計算すると次のようになります。

先頭位の数字 1 2 3 4 5 6 7 8 9
理論確率(%) 30.1 17.6 12.5 9.7 7.9 6.7 5.8 5.1 4.6


この本で、例として挙げられているのは、センター試験の解答から抽出した以下の表です。

先頭位の数字 1 2 3 4 5 6 7 8 9
出現回数 185 90 64 36 17 30 12 11 13 458
割合(%) 40.4 19.7 14.0 7.9 3.7 6.6 2.6 2.4 2.8 100.0


この分布が
「ベンフォードの法則に従う」かどうか
有意水準99%で検定してみましょう。


アクチュアリー試験研究WIKI
http://actuary.upthx.net/pukiwiki/

カイ二乗分布に従う統計量」
http://actuary.upthx.net/pukiwiki/index.php?1.1.2.2.3.%A5%AB%A5%A4%C6%F3%BE%E8%CA%AC%C9%DB%A4%CB%BD%BE%A4%A6%C5%FD%B7%D7%CE%CC
を利用して算出すると、

先頭位の数字i 1 2 3 4 5 6 7 8 9
観察度数n_i 185.00 90.00 64.00 36.00 17.00 30.00 12.00 11.00 13.00 458.00
理論度数m_i 137.87 80.65 57.22 44.38 36.27 30.66 26.56 23.43 20.96 458.00
\frac{(n_i-m_i)^2}{m_i} 16.11 1.08 0.80 1.58 10.23 0.01 7.98 6.59 3.02 47.42

であり、
「ベンフォードの法則に従う」
とすると
\frac{(n_i-m_i)^2}{m_i}
は自由度8のカイ二乗分布に従うことになります。


一方、
http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/CGI-BIN/txxp.html
によると
自由度8のカイ二乗分布の上側1%点は、20.09であり、47.42>20.09なので、
「ベンフォードの法則に従う」という仮説はは有意水準1%で棄却
されることになります。


つまり、
ベンフォードの法則によらない何か別の要素が働いている
のだと考えるのが自然でしょう。


なお、ベンフォードの法則の証明については例えば以下のURLをご覧ください。

http://kashino.exblog.jp/7309447/
http://kashino.exblog.jp/7320241/
http://kashino.exblog.jp/7321366/

http://www.rd.mmtr.or.jp/~bunryu/benford.shtml

http://plus.maths.org/issue9/features/benford/index.html#Proof
(英語)


芳沢先生の投稿・著書に関する論考は終わりますが、
アクチュアリー試験のための年金数理人会試験解説」シリーズ
http://d.hatena.ne.jp/actuary_math/20090225
に戻るまでにあと数回脱線が続きそうなのでご容赦ください。