「発生保険金」の話

今日は、損保数理と(少しだけ)関係ある(かもしれない)「発生保険金」の話です。
数学的な事項はまったく書かれていないことをご理解の上でお読みください。


今日のエントリーのきっかけとなったのは、
(「営業でも損調でもない(元)損保屋」の)辻田幹夫氏のブログ
http://d.hatena.ne.jp/mikio_tsujita/20091021
に、東京海上ホールディングスの10月20日付けのニュースリリース
http://ir.tokiomarinehd.com/ja/Topics/Topics563737830502479188.html
で、台風18号による「発生保険金」の合計を123.6億円と見込んだことを引用した後で、
「厳密にはこのほとんどは保険金ではなく備金でしょうが、それは問題ではありません。」
と書かれているのを見かけたことによります。


東京海上ホールディングスニュースリリースでは、発生「保険金」と言う用語から一見「支払備金」を含まないようにも読めますが、損保数理のテキストp.5−1にあるように
「発生保険金」
=(当該期間保険金)+(当該期末支払備金)−(当該期首支払備金)
であり、支払備金の増減(上の台風18号の場合は、当然ほとんどすべてが増加だと考えられますが)が含まれた形になります。


問題はここからで、業界(損保を扱うアクチュアリーや損保の経理部門に携わる人々)用語では、上式でいうところの「支払備金」とは、
普通支払備金(テキストp.5−3の1番)のみで、IBNR備金(テキストp.5−3の2番)は含まない
として考える場合がほとんどです。


実際、このあと(p.5−11以降で)「発生保険金」を用いて、IBNR備金を算出しているので、この発生保険金にIBNR備金が含まれているとおかしなことになります。(「入れ子」になってしまう)
このことから、損保数理のテキストを勉強されている皆様は
「発生保険金=(当該期間保険金)+(当該期末支払備金)−(当該期首支払備金)」
「支払備金」は普通支払備金は含まないとご理解されて進められているのかもしれません。


さらには、普通支払備金とIBNR備金の性質の違い、具体的には、普通支払備金は損害調査(損害査定)部門が個別案件ごとに見積もるもので、通常アクチュアリーが評価するのはIBNR備金の方であること等も損保数理の教科書の記述にはありません。


損保数理の序章では、
「損害保険業全般にわたる基礎的な知識(中略)を一定程度習得していることが前提となりますので、それらもあわせて勉強されることをお奨めします。」
とあるのですが、上記のような業界用語に関する知識を勉強する手段は限定されているのが現状です。(このような「業界」事情も含んだ損害保険会計の「基礎」を書いた本で、皆様にお薦めできるものが見当たりません)
例えば、「例題で学ぶ損害保険数理」(ISBN:4320017358)には、上記の「普通支払備金とIBNR備金の性質の違い」に関する記述はあるのですが、「発生保険金」に関する記述は見受けられないようです。


損保の実務(保険数理や保険会計)に詳しい方が周りにいる場合はその方に教えをこうのが最も良いのですが、そうでない場合は、今のところテキストの「空気を読む」( http://d.hatena.ne.jp/actuary_math/20090221 )しかないのかも知れません。