3.「よくない定義」の例

以下「よくない定義」の例を考えてみましょう。

(1)定義されるべき対象が存在しない「定義」

例えば{0倍して1になる数の集まり}がその例です。(どんな数でも0倍すると0だから)
数学でもある(数学的)対象を定義したときにそのような「対象」が本当に存在するのかを証明することがあります。(存在の証明)

(2)何を定義したのか曖昧な「定義」

例えばxを実数にするときに「F(x)」で「xより遥かに大きい数」というのを「定義」したとしてもこの定義では「遥かに大きい」という基準が人によって違うので定義になっていません。

(3)人によって違うものを特定してしまう可能性のある「定義」

「3時」と待ち合わせ時刻を「定義」した場合に、何日の3時なのか、午前なのか午後なのかをはっきりしないと困ります。(文脈から明らかな場合もありますが)
数学でもある(数学的)対象を定義したときにそのような「対象」が(何らかの条件の下で)一種類に決まることを証明することがあります。(一意性の証明)
もっとも2つ以上の要素をもつ1つの「集合」を定義することは可能であり、
例えば{自然数全体の集合}を\mathbb{N}と記述します。*1

(2010/1/26 追記)
esumiiさん
http://twitter.com/esumii/status/8214452464
から

「存在しないもの」を定義する(表記する)ことも可能です(大ざっぱには「空集合」と考える)。ヒルベルトのε計算 http://j.mp/5OleGp は、まさにそれを正当化する論理的体系です。

とのコメントをいただきました。

(4)中途半端な「定義」

y=f(x)を実数から実数への関数とするときに、M(f)f(x)の極大値と定義しただけでは不十分です。
「極大」とは何かを定義しなければいけません。
(日本語から凡そ想像の付く場合もありますが)

(5)定義すべき「全部」に対して定義が網羅されていない「定義」

東京大学の入試問題(「(付録)」で述べます)で一般角の三角関数を「定義」させ、加法定理を証明させるというのがありましたが、0°〜180°(0〜π)で定義しただけでは一般角(マイナスも含めあらゆる「角度」)で定義したとはいえないのでNGです。
ここで大事なことは、
定義をするときは通常「どこで定義」するかを明記しなければいけない
ことです。
例えば、
n!=1 \times 2  \times \cdots \times n
と「定義」しますが、
その前に必ず「n正の整数のとき」と前置きが入ります。
そうでないとn整数でない数のときや負の数のときにはこの式では計算できないからです。*2
(上記(1)、(4)でどこで定義するかの「前提」が書いてあることに注意しましょう)
関数を「定義」する場合はどこで定義するかの範囲を「定義域」といいます。

(6)「定義がうまくいって」いない(「well-defined」でない)「定義」

これは少し難しい話になりますが、分数の足し算を例に説明します。
分数は
\frac{a}{b}
a,bは整数、bは0でない)
という形で表されるものですが、
\frac{a}{b}+\frac{c}{d}=\frac{a+c}{b+d}
と「定義」すると少し具合の悪いことが起こります。
この定義だと
\frac{1}{2}+\frac{1}{3}=\frac{1+1}{2+3}=\frac{2}{5}
ですが、
\frac{1}{2}
と同じものと考えられる
\frac{2}{4}
に置き換えた場合に、
\frac{2}{4}+\frac{1}{3}=\frac{2+1}{4+3}=\frac{3}{7}
と違った答えになってしまいます。
\frac{a}{b}+\frac{c}{d}=\frac{ad+bc}{bd}
という通常の足し算だと、
\frac{1}{2}
の代わりに
\frac{2}{4}
を持ってきてもうまくいくことが分かることが確かめられます。
数学ではある「チーム」*3の「代表選手」*4でその「チーム」の性質を定義することがしばしばあるのですが、その場合に同じチームに属する他の選手でも同じ結果が出るのか確かめなければいけないことになっています。*5
このようなことを「well-defined」(名詞形は「well-definedness」)といいます。*6

(7)既存の定義の自然な拡張になっていない「定義」

これは絶対駄目というわけではないですが、できれば避けたいという意味です。
例えば、さきほどの分数の足し算で
\frac{a}{b}+\frac{c}{d}=0
(どんな2つの分数を足しても全部0)
と定義することも不可能ではない*7(これを「新足し算」ということにします)のですが、
整数a,cを分数
\frac{a}{1},\frac{c}{1}
と考えた場合に「新足し算」の定義による結果が整数の足し算a+cの結果とは一致しないのはなんとも気持ちの悪いところです。
なぜならば、x+yと書いたときにx,yが整数なのか、分数なのか一々考えないといけなくて面倒だからです。
\frac{a}{b}+\frac{c}{d}=\frac{ad+bc}{bd}
という通常の足し算がb,dが1のときに普通の整数の足し算と同じになり、ことは容易に確かめられます。
そうすれば、x+yと書いてもx,yが整数なのか、分数なのか一々気にしなくてよいという利点があります。

*1:もっとも「自然数」とは何かということが問題になるのですが、ここではとりあえず置くことにします。ご興味のある方は「ペアノ(Peano)の公理」等で検索してみてください。

*2:なお、nが0の場合には0!=1と定義(約束)します。x(の実部)が-1以上の数の場合はガンマ関数\Gamma(x+1)への拡張が可能ですが、そうでない場合は「定義」できません。

*3:数学用語では「同値類」

*4:数学用語では「代表元」

*5:数学用語では「代表元の取り方によらない」

*6:日本語で言うと「定義がうまくいっている」(こと)ですが、英語の表現がそのまま使われることが少なくありません。

*7:上記のwell-definednessはクリア