アクチュアリー(試験)とルベーグ積分他

前にいわき(s_iwk)さんからTweet
http://twitter.com/s_iwk/status/10897236184

ありがとうございます。○2は @actuary_math さんのご意見を聞きたいところですね。 RT @actuary_math: お気づきかもしれませんが、貴ブログ http://bit.ly/bOCE8t で数学科の新3年生の方から質問が出ているようです。

いただいた件についての私の意見です。


まず、いわきさんのブログ
http://iwk.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-dc90.html
でのご質問といわきさんのお答えを掲載しておきます。


(ご質問)

来年度から大学(数学科です)の新三年生になる清水と申します。本ブログの記事を読ませていただき、来年の就職活動へ向けて大変参考にさせていただきました。以下、二点疑問に思ったことがありますので、お答えいただければ幸いです。

(1)*1この記事で書かれていること(数学の試験、面接のことなど)は生保、損保、年金業界すべてにほぼ当てはまることなのでしょうか?それとも、いわきさんはある特定の業界を意識してお書きになられたのでしょうか?私は年金業界に一番興味があり、信託銀行を中心に就活をしようと考えているので、このようなことを質問させていただきました。

(2)就活とは関係ありませんが、現代的な確率論を学ぶことは、直接的または間接的にアクチュアリーとしての仕事に役立つことはあるのでしょうか?私はこれまで学んだ数学の中で、ルベーグ積分が一番面白いと思ったので、現代的な確率論もその応用としてしっかり学ぼうと思っています。仕事に役立たなくても現代的な確率論を学ぶことに変わりはありませんが、実際どの程度現代的な理論が実務に生かされているのか興味があり、このような質問をさせていただきました。

以上二点、ご回答よろしくお願いいたします。


(お答え)

清水さん、ご質問ありがとうございます。

(1)冒頭に書いているとおり、これは私の経験に基づくものです。しかし、特定の業界のことを述べる形にならないようには意識しました。信託業界は私自身はあまり詳しくないので、信託銀行に就職された先輩をご存知ならば、その方に話をお聞きになるか、このブログエントリに同意するかどうかを聞いてみるのがいいのではないでしょうか。

(2)正直に言って「仕事に役立つ」というほど直接的に使う機会は多くないと思います。が、身につけておいて損はありません。実務に使うケースとしては、例えば保険の分野はいろいろなところでファイナンス分野との融合が起こっており、確率微分方程式をどんどん使うようになっています。そのような事態は10年前には想像もできませんでした。
先端理論が実務に適用されるようになるには一定の時間がかかるため、(今の)実務で役立つかどうかを基準に勉強内容を選んでいては、常に時代に立ち遅れることになります。確率論はどんな形であれアクチュアリーの基本ですので、継続的に勉強されることをおすすめします。


(2)について先に申し上げると、
http://d.hatena.ne.jp/actuary_math/20091119
でも述べたように
「(日本の特に損保の)アクチュアリーの現行の実務で測度論的確率論を使ったり測度論(ルベーグ積分論)のお世話になったりすることはあまり多くありません
となります。
また、(日本の)アクチュアリー試験ではルベーグ積分・測度論的確率論を必要とする問題は出ません。
前から何度も申し上げているように、アクチュアリー試験で必要とされている数学の基礎知識は、高校3年まで+大学1・2年の微積分・線型代数までで、あとはそれぞれの科目に必要な知識を身につければ合格できます。(ただし、測度論を知っていると例えば損保数理の教科書が、読み進みやすくなる部分があります。)


もちろん、このことは、ルベーグ積分・測度論的確率論を知らなくても(今のところ)アクチュアリーとしてやっていくことは不可能ではないという意味で、「ルベーグ積分・測度論的確率論を勉強するな」という意味ではありません
当然のことながら、会社に入社後は、(保険であれら保険業法を初めとする)法令の理解を初めとして、数学以外で習得すべきことはいくらでも存在します。そしてそういう知識は会社に入ってから習得した方が効率的なのですが、逆に会社に入るとルベーグ積分論や測度論的確率論等を一からじっくり学ぶのは困難になってきます。興味がない方に無理に強制できるものではないのですが、興味があれば、時間的余裕のある今のうちに学ばれる方がベターだと考えます。


なお、(ご質問者の清水さんは、問題ないと思いますが)ルベーグ積分や確率論「ばかり」を使うと思ってアクチュアリー業界に入ると、イメージと違ったという結果になるかも知れません。数学的な知識そのものより以外に、数学で身に付けた「考え方」*2を使う機会が少なくないのは確かです。


<補足>
本題とは外れるのですが、(1)について以下ご参考までに。
http://d.hatena.ne.jp/actuary_math/20100317
から始まった「日本の損保アクチュアリーの歴史に関する諸考察」シリーズで今後述べる予定ですが、損保アクチュアリーが本格的に必要とされ始めたのは1998年の保険料率の自由化以降であり、大手損保においてもアクチュアリー採用が始まったのは、それ以降ではないかと考えられます。(アクチュアリー採用という制度のない会社もあると考えます)
したがって、アクチュアリー採用以外でアクチュアリーになっている割合は、損保が一番多いと思います。
特に損保の場合は、まだまだアクチュアリーが不足しているので、アクチュアリー採用以外でも特に理系学部出身者ならば「自己啓発」として受験を勧められることがあります。そしてそういう人がアクチュアリー採用よりも先に合格しているケースもあります。
いわきさんのブログ本文にあった「アクチュアリー採用で入って、アクチュアリーになれなかったら」といった部分ですが、損保については、自分から会社を辞めたりした場合を除いて「(損保の)アクチュアリー採用で入って、アクチュアリーになれなかった」という見切りを付けられたケースは、まだ(ほとんど)ないのではないかと思料いたします。
アクチュアリー採用ではなく)アクチュアリー試験を受験し(何科目か合格しながら)途中でやめたりしたケースはいくらかありますが、そのような方でも営業部門のみならず本社の商品部門・リスク管理部門等で活躍されている方を何人か知っています。
アクチュアリー試験に1科目も受かっていなくても(数理的な)実務能力を高く評価されている人もいるし、その逆もあります。


このように業界の差もあるのですが、同じ業界でも個々の会社・部署・時期によっても大きな差があるし、今の状態が今後永久に続く保証もなく、結局は、
「入ってみるまでは分からない」
という他ないのかもしれません…。

*1:原文は○1(丸数字の1)でしたが、丸数字は機種依存文字のため変更しています。次も同じ

*2:例えば埼玉大学教授 小池茂昭先生のサイト http://www.rimath.saitama-u.ac.jp/lab.jp/skoike/maji.html をご参照